「見えないことは不幸じゃない」
金井 祐子
●自立支援ホームにたどり着くまで
2015年夏、肺腺癌ステージ4と診断され化学療法を開始したところ3か月目で右目を失明、翌月には左目もほとんど見えなくなりました。色々検査をしてもらったところ、抗がん剤によってできた抗体が自分の視神経を攻撃して発症する球後視神経炎と診断されました。治療法としてステロイドパルス療法を受けたものの効果はほとんどなく、期待した血漿交換療法も治療の最中にアレルギー反応を起こし、結局もう治療はできないといわれ、いきなり視覚障害1級となってしまいました。眼科の先生はその時点で七沢自立支援ホームに通うことを勧めてくださいましたが、「がん患者でもある自分には点字を習うどころじゃないでしょ?」と、その時は聞き流してしまったのでした。
それから2年。化学療法が功を奏してかがんの転移もなく、かといって健康的でもない日々を過ごしていました。とりあえず命に危機が迫っているわけじゃないとわかると、ふと疑問がわいてきました。「他の視覚障害者さんたちはどうすごしているんだろうか?」家族に頼んでネット検索をしてもらい、ライトハウスやライトセンターを訪ねることにしました。そこで同じように視覚に障害を持つ方々のお話を聞くうちに、このままでは自分で何もできないのだと危機感をいだくようになりました。例えばこんな具合です。「ごはん作ったりするのはどうしてますか?」「火を使うガスとか包丁とか危ないので家族にお願いしています。」「危ないですか?」「えぇ、見えないですし。」「外出はしてますか?」「ほとんどしてないですねぇ」「なぜ?」「えー、だって一人じゃ出かけられないし…」「それは一人ででかけようとしてないからじゃないの?」
見えなくなってから、当たり前のように家族に頼っていたことを、皆さんは自分で難なくこなされている。この事実はかなりの衝撃でした。それでもその時は「みなさん視覚障害のベテランさんだからなぁ。」などとちょっと他人事のように思ってもいたのでした。
集まった方々は盲導犬の方もいれば白杖の方もいる。同行した家族によればみんな白杖の先端部分が赤い同じようなものを使っているとのこと。私はアマゾンで探してもらった折り畳みのできる細くて小さな杖でした。他にも、お話の間に何やら音を立てながらメモを取っている気配がする。聞いてみると点字を打っているとのこと。名刺をくださる方もいらっしゃるけどやはり点字。
どうやら視覚障害の世界{?}には、自分の知らない常識やしきたりとか道具とかがあるらしい…これは勉強しないとだめかも。そこでようやく2年前に眼科の先生に勧めてもらった七沢のことを思い出したのでした。
●見えない世界って実は広い
自立支援ホームは入所でも通所でもよいとのことでしたが、家族に誘導してもらう都合がつきにくいのと、この年齢になってからの集団生活というものに対してのワクワク感もあって、迷わず入所にしました。実のところ2年以上家に引きこもっていたおかげで、体力は落ちるわ体重は増えるわで、身体的には不健康状態でした。ホームでの規則正しい生活と栄養管理された食事に期待するところは小さくなかったです。家族にしても、私が病気になってから様々なことで苦労をかけてきたので、入所をきっかけにいったんその荷を下ろしてもらえるかなという気持ちもありました。勝手な思い込みかもしれませんが一石三鳥になるかなと。
入所してすぐに、ここで何ができるようになりたいかを尋ねられ、欲張りな私はずいぶん色々なことを言ったような気がします。点字の読み書きやパソコンの操作、タブレット端末の操作、調理や針仕事、白杖を使っての単独歩行。他にも言ったかもしれません。
まずは感覚を磨くという訓練からはじまるのですが、なぜこれが訓練なんだろう?と思うような内容が続くのです。ほかにも感覚を磨く訓練の延長で木工作業もありました。目が見えないのに物を作る…手触りや指先の感覚で作品の姿を頭に描く。これが思いのほか楽しくて、入所中作品を2つ手がけました。
点字は予備知識なしでしたが、繰り返し読んだり書いたりするうちに、退所時にはなんとか読み書きができるようになっていました。家に戻って家電についている点字が読めてその意味が分かった時にはとても感動しました。
パソコンは音声でメニューや内容を読み上げてくれるソフトウェアのおかげで文字通り目をつぶっていても操作ができる。文章作成はもちろん、メールの送受信やネットサーフィン、ネット検索、そしてPC内フォルダやファイルの管理なども。覚えてしまえばごく普通にできるようになりました。同じくタブレットも、訓練開始してすぐに「これなら使える!」と手ごたえを感じ、すぐにアイフォーンを購入しました。基本操作のほか、ネット検索の方法や効率的に画面を読み上げさせる方法、視覚障害者にとって便利なアプリの紹介など。アイフォーンのおかげで私の世界は確実に広がりました。
調理や裁縫は日常訓練の中で、便利な用具の紹介とともに基本的なノウハウを伝授いただきました。例えば調味料の並べ方や、作業の進め方など。そのすべてにきちんと理屈がある。それに従えば目が見えなくても調理も裁縫も普通にできてしまうのです。紹介された用具も、視覚障害者向けの便利なものがこんなにたくさんあったことを初めて知りました。
そして白杖を使っての単独歩行訓練。全く見えない私には、しばらく居室や訓練室のあるフロアを歩くことが課題でした。杖の持ち方や振り方も、すでに我流が身についていたのをしっかり矯正されます。正しい白杖の使い方があってその使い方でないとどんな危険があるかも教わるのです。曲がり角がいくつかあるフロアを反響音や空気感や圧迫感などを頼りに杖を振って歩く。何度も自分が今どこにいるのかわからなくなり、汗をかきながら修正を試みる。頭の中に地図を描けと言われるけどそれがなかなかできなくて苦労しました。ある程度慣れてくると、エレベーターを使って違うフロアへも。だんだん距離を伸ばし、そのおかげで一人で自販機に飲料水を買いに行ったりコンビニに買い物に行けたときは涙が出るほどうれしかったです。それから外を歩く訓練もあります。退所後にお散歩コース想定する場所についてもしっかりアドバイスとご指導いただきました。ところで視覚障害者は道路を歩くときは白杖を持たないといけないと道路交通法14条にあるそうです。…そんなこと、自立支援ホームにくるまで知りませんでした。
●見えないことは不幸じゃない
「見えないことは不便だけど不幸じゃない。」これは初めて訪ねたライトハウスでSさんがおっしゃっていた言葉ですが、元来能天気な私はあまりそういうことを考えずに2年間過ごしてきました。ほとんどのことを家族に頼り、いわば過保護のカホコさん状態だったわけです。アウトドア好きで目が見えていたころはキャンプ道具を積んだオフロードバイクであちこちにでかけていました。そういうことも含めて、できなくなったことは少なくないけれども、何もできなくなったわけじゃない。羽ばたくための翼まで失ったわけじゃない。 そして目が見えなくても生活するための支援やサービスがある。便利な用品やそれを使いこなすためのノウハウも存在している。でもそれらには自分からアクセスするしかない。待っていても向こうからやってくることはない。私もそんな感じで2年間もったいなかったかなと今は思っています。
七沢自立支援ホームで訓練を受けることは、それらにアクセスするための一番の近道だと思います。ここでの経験は翼を動かすための知恵そのものです。ここを退所してからその翼をどう生かしていくかはそれぞれに委ねられた一生の課題でもあるのだと思います。
最後になりましたが、七沢自立支援ホームの職員の皆様、本当にありがとうございました!